この問題でおさえておきたいこと
ポエニ戦争前の時代は共和政成熟の過程を確認!
ポエニ戦争後の時代は政治が混乱していき、独裁色が強まった過程を確認!
解答
問1 ④ 問2 ④ 問3 ④
解説
問1 リキニウス=セクスティウス法が制定されたのは紀元前367年ですから、紀元前4世紀の出来事といえるのは④ということになります。
ちなみに、①は紀元前6世紀以前、②は紀元前3世紀、③は紀元前2世紀の出来事です。②についてはポエニ戦争が紀元前264年に始まったので第2次となるとそれより時代は後、③はポエニ戦争後のことですからさらに時代が後になると考えることもできるでしょう。
問2 「ポイントのまとめ」を参考にするとちょうど④の流れになっているのがわかります。ポエニ戦争後の社会・政治の変容の流れをつかめていれば、細かい年号を覚えていなくても解くことができる問題だといえます。
問3 ①:第2回三頭政治を行ったのはアントニウス・レピドゥス・オクタヴィアヌスです。クラッススは第1回三頭政治を行った人物の一人です。
②:ローマがシチリアをめぐって争った相手はカルタゴです。また、カルタゴと争ったのはポエニ戦争のことですから、クレオパトラが女王であった時代より前のことです。
③:第1回三頭政治で最終的に権力を握ったのはカエサルだということを考えると、この選択肢も正しいとはいえません。
④:「ポイントのまとめ」にあるとおり、クレオパトラとアントニウスは結託し、最終的にはアクティウムの海戦でオクタヴィアヌスと戦っています。よって、この選択肢が正しいといえます。
ポイントのまとめ
・ポエニ戦争前の経過
もともとローマはエトルリア人の王の支配をうけていた
紀元前6世紀末 ラテン人がエトルリア人の王を追放し、自分たちの社会をつくる
※初期ローマの社会
- 貴族(パトリキ)と平民(プレブス)の身分があり、平民(プレブス)は重装歩兵として都市防衛にあたる
- 最高官職は執政官(コンスル)で貴族が独占
- 最重要機関は元老院という、貴族が独占していた立法・諮問機関
- 全男性市民は民会という議会を構成
やがて、平民から政治参加を求めるようになっていく
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平民会(平民だけで構成された民会で政治参加が可能に)や護民官(元老院やコンスルの決定に拒否権行使が可能な平民出身の官職)が設置
さまざまな法律も制定
- 紀元前5世紀半ば 十二表法
…慣習法を初めて成文化し、平民にも公開・適用 - 紀元前367年 リキニウス=セクスティウス法
…コンスル2名のうち1名を平民から選出する - 紀元前287年 ホルテンシウス法
…平民会の決議を元老院の承認なしでも国法とできる
・ポエニ戦争の経過
紀元前264年にはじまった、カルタゴを相手に戦った戦争
第1次
シチリア島をめぐって対立→ローマが勝利し、最初の属州とする
第2次
カルタゴの将軍ハンニバルがカンネーの戦いで大勝
しかし、最終的にローマの将軍スキピオがザマの戦いでカルタゴ軍を破る
第3次
カルタゴが滅亡
・ポエニ戦争後の社会・政治の変容
ポエニ戦争により社会が変容
- 戦争により農地が荒廃→中小農民が没落、無産市民に
- 属州の増加→安価な穀物がローマに流入、中小農民没落のもう一つの要因に
- 有力者層は大土地所有制(ラティフンディア)を展開(中小農民の土地を買い集め、征服地からの奴隷を使って大土地経営)
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社会の混乱
- グラックス兄弟の改革
大土地所有者の土地を没収し、無産市民への分配を試みる→成功せず - マリウス率いる平民派とスラ率いる閥族派の対立
- 同盟市戦争(ローマが征服して市民権を与えなかった都市がローマ市民権を求めた反乱)の勃発
- 剣奴(剣闘士奴隷)のスパルタクスが反乱
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第1回三頭政治
ポンペイウス・クラッスス・カエサルの3人が元老院を無視して政治を行う
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カエサルがガリア遠征に成功
→カエサルによる独裁
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ブルートゥスらによりカエサル暗殺
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第2回三頭政治
アントニウス・レピドゥス・オクタヴィアヌスの3人が政治を行う
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アントニウスがプトレマイオス朝エジプト女王クレオパトラと結託
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アクティウムの海戦
アントニウスとエジプトの連合軍が敗れる
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オクタヴィアヌスによる元首政が始まる