この問題でおさえたいこと
教科書にある著名な絵は作品名や何を描いたものかについて、建造物は建造物の名前について、似たものでも区別がつくように見慣れておこう!
解答
(1)エ (2)ア
(3)ウ (4)エ
(5)ウ (6)イ
(7)ア
解説
(1)写真1は、桃山文化を代表する作品の一つである「唐獅子図屏風」で、狩野永徳によって描かれました。
(2)写真2は奈良県にある法隆寺の写真です。アの選択肢にある天平文化は奈良時代にさかえました。よって、さかえた場所は奈良県の平城京ですので、これが奈良県のできごととしてあてはまります。ちなみに、イは山口県の壇ノ浦、ウは大阪府の堺、エは京都府のできごとの説明です。
(3)写真3は、秦の始皇帝によってつくられた万里の長城の写真です。
秦の次に中国を支配した王朝は漢であり、イの選択肢にあった清は17~19世紀に中国を支配した王朝で、エやカの選択肢にあった殷は秦よりも前に中国を支配した王朝です。また、エ~カの選択肢にあった洛陽は中国の都市名です。
(4)写真4は、平安時代に藤原頼通によって建てられた平等院鳳凰堂の写真です。エの選択肢にある国分寺は、奈良時代に聖武天皇が命じて建てたものです。よって、エのみ時代が違うため、これが誤りです。
(5)写真5は、室町時代に足利義政によって建てられた銀閣寺の写真です。
ア:幕府が保護したのは曹洞宗ではなく臨済宗でした。
イ:銀閣寺を建てたのは足利尊氏ではなく足利義政です。
ウ:この文の内容は正しいです。
エ:千利休がわび茶を完成させたのは安土桃山時代です。
(6)写真6は、平安時代末期に平清盛によって建てられた厳島神社の写真です。
(7)写真7は「蒙古襲来絵詞」の一部であり、鎌倉時代の元寇のようすを描いたものです。アの選択肢にある一向一揆は室町時代のできごとなので、これが正解ということになります。
ちなみに、元寇は13世紀後半のできごとですが、イの承久の乱は1221年、ウは御成敗式目の制定のことなので1232年のできごとであり、どちらも13世紀前半のできごとです。また、エの2つの乱は平安時代(10世紀前半)に起こりました。